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盗記

盗記  一日五句

爽やかに二度寝の神に愛されて

育とうとしてゐる如し油照

風鈴や音の中心を思ひつつ

鉄棒の頬あて匂ふ夕焼かな

大気ある国に雷マホガニー

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2008年06月24日 作品 トラックバック:0 コメント:0

別冊綿菓子日記 1

文化的な六月後半について。

日曜日は句会、初参加の句会だったが楽しく、出句も概ね好評。川柳、短歌、俳句、現代詩、各方面の作者が集まっているらしいので、新鮮だった。

交友関係広がる。

月曜日。
特に何もない一日だった。漫画誌を読み、空いた時間に仕事をする。新しい事務員さんの歓迎会で酩酊。

火曜日
昨日の宴会のため感覚が週末なので、爽やかに二度寝の神に愛されて。しまう。
営業エリアの上京区は古本屋が多い。
澁澤の黒魔術手帳を見つけたが四千円するので買えない。しかし魔術である。読むと面白いので
二度寝の神の加護も虚しく、ATMを探している。

2008年06月24日 別冊綿菓子日記 トラックバック:0 コメント:0

古代京都

古代京都  一日五句

さくらさくら環太平洋活火山

月高音夏草なびきつつ濡れよ

螢の備蓄に新しき頭蓋

織機に次ぐ織機夕立に次ぐ夕立

空蝉を誰の祈りとしたものか

2008年06月23日 作品 トラックバック:0 コメント:0

食前狂

一日五句 食前狂

長梅雨や午後よりの匙並べをり

天井の低くて水母乾燥機

鉄砲百合村の星々打ち鳴らし

笹百合の咲かされてゐる見頃かな

何もかも過ぎ去りし後夏の月


2008年06月22日 作品 トラックバック:0 コメント:0

不完全路線図

尖では俳句について上手く語ることはできない。持ち合わせていないんだよ。
だから昔の記事を選集として引用できるようにしたのだけど、その昔の記事だって、ただ楽しそうにしているだけで、内容なんて無いに等しいのです。ただ、俳句について話したかった、言葉を尽したかっただけで、俺の場合はそれで十分なんです。当時は言葉を持っていたんです。
だから週刊俳句内外で話題のサバービア俳句についても、内容どうのこうのよりもあんな風に語れることに惹かれてしまうのだ。
で、
サバービアとは関係ないのだけど、そこからの流れで

例えばヨーグルトやアイスのフタについたやつって美味しいけど、物質的にはフタについたアイスも、カップに入ったアイスも同じものなので、もちろん違いなどない。この「同じもの」を厳然と分けて発展してきたものが俳句だ。俳句構造内の季語と季語以外の言葉である。ところが、今は大分その境界線が薄く実感できなくなってきている。時代的な季語の老化と、人間探究派以降の言葉に象徴させる手法の獲得が直接間接に原因だと思う。尖が俳句を始めたときにはすでにそういう状況だったので、特に不都合はないのだけど、

サバービアというのが、アイスのフタについてるやつみたいなのだとすると、本体との隔たりはほとんど意識で持っているようなものなので、

隔たりがなくなってしまったら、「手垢」がついてしまったら平成俳句はどうなってしまうんだろう。
年号が代わる方が先だから問題ないかな。

2008年06月21日 俳句の振れ幅 トラックバック:0 コメント:0

回回回回回回回回回回

回の字を並べると模様に見えるよ。

携帯で更新するとそう見えたんだけど、パソコンで見るとそうでもないな。
夜中に好物のじゃがりこを食べる。夜中という食べ物をおいしくする時間。


2008年06月17日 雑記 トラックバック:0 コメント:0

炎環の秀句

炎環のいいところは展開が読めないところですかね。
あと先生がいい。


ガンダムのとび出して来し盆踊  佐藤良重 炎環 2007年10月号

どんな盆踊りだよ。



同じ号の秀句

金の蝿翔ぶ一瞬のねばりかな  石寒太

暗闇へダリア一本切りにゆく  野々山木雨

下駄履きの近づくポンポンダリアかな 原紀子

鍵ひとつのみの暮らしや桃洗ふ  壬生きりん

蛇衣を脱ぎし数学嫌ひの子  佐田昭子

きのふマゾけふはサドなり不如帰  丹沢亜郎

夜の秋色鉛筆の削り屑  細川和子


炎環苦言はさすがに悪い部分だけを抽出したものなので、初見の方が見て「炎環大した事ない」みたいになったら、尖は傷つきます。書いたの自分ですが。若さゆえのね、ほらアレだから仕方がないです。

しばらく結社ネタでブログの基礎整備。

次は「生還す」の大幅加筆修正を一気呵成にやります。

2008年06月16日 炎環 トラックバック:0 コメント:0

振り返り式

寛也さんの鑑賞をとりあえず書ききることができたのは良かった。完全版は近日中に論処でうp。

ただどうしても内容が硬くなってしまって、俳句から浮いている。多少大袈裟に書くことは演出上効果的なのだけど、俳句と鑑賞が噛み合ってない箇所があるので、そこは直さないといけない。

炎環苦言では、言い過ぎたかもしれません。ただ我々は無鑑査同人ですから、炎環誌発表作品は厳しい眼で見られないと駄目だと思います。
ただ、それでもこのようなブログという完全自己土俵で句指しで批判することは、その必要があったのかどうかから考え込んでしまいます。もちろん後からですけどね。

先生に見てもらうために出していたのとは違い、同人欄として特別にコーナーを設けて発表しているわけですから、やはり一線を画すものでないと駄目だと思います。

ただの陳列棚ではないのです。


しかし、いい句悪い句って難しいですよね。

ということで、当ブログでは尖が良いと思ったものを良しとさせていただきます。



2008年06月16日 俳句の振れ幅 トラックバック:0 コメント:0

中原寛也を読む

bâla       中原寛也

大根を見てゐる今日も揺れてゐる
朝顔や薄くなりゐる傷の色
愛犬の声を電話に就職す
水仙の一本早朝出勤す
なの花や遊びを知らぬ男の子
鈴懸の花や頭上の米軍機
てつだうぐさ仕事場の鍵きらきらす
DVD売り場にひとり賢治の忌
分娩室開いてゐたり寺山忌
コスモスや摑まり立ちの男の子



中原寛也は平凡な男だ。多分そう見られることを望んでいる。それは彼にとっての平凡がそのまま全てを意味するからに他ならない。

大根を見てゐる今日も揺れてゐる

畑になっている大根だろうか、その葉が今日も揺れているのだ。
この何の変哲もない風景を瑣末なことと捉えるのは簡単だが、そこには平凡の本質がはっきりと示されている。平凡の本質とは連続性である。昨日今日明日明後日へと物事が継続していこうとする力こそが平凡なのだ。大根を見ている彼は、明日の平凡を信じている。

朝顔や薄くなりゐる傷の色

この句は前句とは別の平凡の本質をついている。
平凡な我々の世界は広すぎるのであらゆる事象が別々の時間軸を持ちながら同居している。朝顔の昼には萎れてしまうことも、数週間ばかりで治る傷も、あと50億年かけて滅びる太陽系も、全てが平凡な世界で同時に進行しているのだ。広がるほどに離れていくので、作者は、朝顔と傷の時間の交点を押えたのだ。

愛犬の声を電話に就職す

実家への報告の電話だろう。イメージの喚起力の強い句である。犬を飼った事がなくても、就職したことがなくても、読者の鍵穴にピタリとはまるのではないだろうか。そのような共感を得やすい俳句は最大公約数的になりがちであるが、感情を一切述べることなく、手応えだけを与えることが出来ているので、ドミノ倒しの最初の一枚とも言うべき、オリジナル性に溢れている。

水仙の一本早朝出勤す

この句も前句と同じで、手応えのしっかり残る句であるが、「水仙の一本」に若い作者の強い姿勢がうかがえる。水仙の細いしなやかな葉、早朝出勤の身を切る寒さと相まって、作者の勁さの一端を知る思いがした。

なの花や遊びを知らぬ男の子

作者の俳句には「男の子」「女の子」が度々詠まれる。合っている合っていないを考えず詠んでいる節があるので、自分の俳句のために俳句をつくっている尖からすれば、疑問のある行為なのだが、この句の菜の花の持て余され方はすごい。男の子の孤独はこのままでは菜の花に埋め尽くされてしまう。陽光的な雰囲気の中にある寂しさ、平凡を生きる作者の自我を知る手掛かりになると思う。

鈴懸の花や頭上の米軍機

これはねぇ、いい取り合わせの句です。頭上という身体感覚からかなり低くを飛んでいるのではないでしょうか。米軍機、結構高いところを飛んでいても、かなりの轟音がするんですね。低ければ尚更。
よく薄氷のなんとやら、危険とは薄皮一枚などといいますが、平凡な世界では、・・・・・・・・・
・・・ ・・・

続きは炎環評論 論処で!!近日公開!!



論処(ろんどころ)とは、西川火尖と中原寛也による俳句関連サイトとそれに纏わる活動の総称である!これまでの活動内容は、最初にちょろっと句会と批評やっただけで、あとは休耕田のごとき沈黙っぷりなのだ!俺たちは!あきっぽい!しかし諦めない!







2008年06月16日 俳句の振れ幅 トラックバック:0 コメント:0

炎環苦言

六月号の炎環の同人欄でとりあえずいいなと思ったのは

弓彦忌顔の花片払ひをり  石原みどり

避雷針遠くにありて卒業す 殖栗歩

お彼岸の僧が張り紙して去りぬ  岡田由季

これくらいで、
正直、炎環の同人欄というのは、あまりいい句がありません。
尖も含めてもっとがんばらないとだめですね。

「炎環の俳句」と一まとめで見ることは危険なのですが、それでもある一定の形式で成り立つ句が多いです。
自己の情や信条・+季語で作ってある俳句がたくさんあります。
炎環以外でも

戒名は真砂女でよろし紫木蓮   鈴木真砂女

などがあって、それなりに見られる形ではありますが、やはり炎環では特に多用されているように思います。
信条+季語の句がいい悪いというよりも、問題はその形が多用されているということにあるように思います。
炎環では現在手垢のついた感慨の句が多すぎる!

十人十色などといいますが、所詮は人間の感情、そんなにバラエティには富んでいない。
だからこそ、共感するのであるし、社会生活を営むことができるわけです。流行歌なんてみんな同じこと歌っているじゃないですか。炎環はそれを同人がやってしまっているんですね。

人はただ歩くほかなし花の雲
楽しみは見つけ出すもの花吹雪
人生に二回目のなし花筏
こだはりを捨つる晩年朧月

奇抜な言葉を使えば言いというものではないですが、常套句をそのまま措辞にするのは良くないと思います。俳句は人の理解を得ることが目的ではないはずです。
一発逆転の余地のある季語と措辞の取り合わせですが、花筏も花吹雪も付きすぎですし、花の雲、朧月はのっぺりして、メリハリがありません。

それ以外にも、リズムの悪さが炎環の悪い特徴としてあげることができます。
まず、リズムを崩す一番の原因、中八だけでも

花の昼後期高齢者証来たる
春泥を楽しむ健太よ海の音
野遊びのほろほろこぼるる砂糖菓子
クロッカスやはらかき手話の指と指
うぐひすや母校のグランド踏みてゐし
湧き水を使ふ生活や鳥帰る
耳鳴のバックミュージック花三分
眠たげな出国案内蝉丸忌
梅咲いて子どもに子どもの理屈あり
春愁やポケットに触れし金米糖
囀りや創作料理の白き皿
連翹の闇へ左足より入る
春中や放哉の墓の裏撫づる
男前の松一本あり須磨の春
大欠伸二ひきの仔猫にうつりけり
打ち揃ひ八十路の俳友や若葉風
ダライ・ラマ池田弁之介に似て朧

これだけあります。
多すぎるわ!!
機械的に抽出したので個別具体的な観賞はしていませんが、それでも少し気をつければ定型に収まるものがほとんどで、何してるんですか先輩って気持になります。
特に

打ち揃ひ八十路の俳友や若葉風

なんて俳友を「とも」と読ませるならば、中八より重症。


他にも、

蛤のぷつくりシュールレアリスト
5月号もこの句があった

蜃気楼ゆめのごとくの駱駝ゆく
蜃気楼 夢 駱駝 のつきすぎ余分三兄弟

もっと挙げれば切りがないのですが、今日はこの辺で

同人欄の放置が問題の本質だと思う。






2008年06月15日 炎環 トラックバック:0 コメント:0

小説 俳句戦国史

旧振れ幅で比較的好評だったのでコピペ。
まだコンテンツが少ないんでね、祖国からの移民は積極受入。



俳句戦国時代なる読み物が作りたい。

タイトルは、そうだなぁ、
そのうち考えるよ。それと、ところどころ手直ししました。


 虚子は鎌倉に幕府を開いた。すでに対抗する勢力である河東碧悟桐(かわひがしへきごとう)率いる新傾向俳句勢力は壇ノ浦であらかた滅ぼしてある。碧悟桐の筆折自殺の後も、ゲリラ組織「自由律遊撃軍」には手をやいていたが、自由律自治区を与え、奴らを俳句国家外に閉め出す政策が功奏し、子規の後継者をめぐる争いは虚子の大勝利に終ろうとしていた。
 国民には新しく「自由律ハ俳句ニ非ズ」の御触れを出した。いまのところ暴動の気配はない。それどころか万里の長城の建設に嬉々として従事している。
 そうだ、俳句とはホトトギスのことであり、ホトトギスとは余のことなのだ。亡命は死を意味するということを国民には知らしめてある。長く「花鳥諷詠」「客観写生」以外の学問を禁じているので、少々痴呆じみてきてはきているが幕府をより磐石にするため、この二つはこれからも国是でありつづけるだろう。
俳句革新の風雲児、子規は句座による俳句国の発展を目指したが、幕府による支配こそ将軍虚子の目指すところであった。
  
 数年前までは鎌倉幕府の重臣、「五俳高」である、飯田蛇笏(いいだだこつ)、原石鼎(はらせきてい)、村上鬼城(むらかみきじょう)、前田普羅(まえだふら)、渡辺水巴(わたなべすいは)の俳句が国威発揚となり、ホトトギス国への移民が大幅に増えた。今に続くホトトギス国の繁栄に尽力したのが彼らであり、その功績大と言えよう。
半面、増えすぎた国民が英雄である彼等を真似、無秩序状態になるのを恐れた。五俳高の俳句兵器は圧倒的な破壊力をもっており、その力が民衆の支持を得て虚子に向かえば、いかな鎌倉幕府と言えど崩壊は必至であった。
 虚子は重臣に城を持つことを許し、藩政をとらせることにした。既に大きな影響力を持つ彼等である。政権の中心から離した方が安全であると虚子は考えた。逆に言えば彼等へのコントロールが弱まることになり、謀反の心配が無いとは言えないのだが、句会への参加を義務付けてあるので大丈夫だろう。これが世にいう参勤交代である。
 虚子は手綱捌きに絶対の自信を持っていた。五俳高が去った後の天領ホトトギスは退屈なほどの平穏を取り戻していた。
 「それでいい。」
この権力志向と平凡趣味の同居する不思議な男はそう呟くと、庭を眺めた。紅梅が見事であった。
 


おいおい、結構いけるかもしれん。俳句界面白いところです。
2007/01/17 02:13

続編?とりあえず水原秋桜子の「高浜虚子」を入手したら書きます。

それか、単発エピソードで
「俳句戦艦草城」「馬酔木独立戦争」「誓子13」「暗躍の火曜会」「三代将軍汀子」などなど
アイディアは沢山あるんだけど、筆力がねぇ、ない。





2008年06月14日 旧振れ幅選集 トラックバック:0 コメント:0

炎環八月号掲載予定

炎環2008年8月号掲載予定

オルゴール

広がりて雨の降り初む夏野かな

脱ぐやうに降りて担ぎし黄のカヌー

夏蝶や水脈光りだす兆し

マンガン鉱の終日黒し南風

父の日のブラウン管の静電気


2008年06月14日 炎環 トラックバック:0 コメント:0

そして俳句の振れ幅

二年以上にわたって続いてきた、そして俳句の振れ幅ですが、最近の会社生活による愚痴の増加と、俳句関連記事の量・質の低下など、俳句関連ブログにとって見過ごせない状況が続いておりました。

以前から新ブログ開設の考えはあったのですが、正直めんどくさく、忙しく、まぁブログなんてメモ帳みたいなものなので、いいか。と動かずにいました。
しかし、アクセス数が全盛期の3分の1という現状、ここにきてなんらかのてこ入れが必要ではないかということで、旧ブログからの亡命独立という形で「そして俳句の振れ幅」を新しく開設いたしました。

ストレスのはけ口は火尖にはどうしても必要なので、旧ブログを「振れ幅の置き場とか」という形で残し、こちらは専ら日々のよしなしごとや創作の萌芽の培養にあてます。

これからはトイレと台所を一緒にせず、ちゃんと分けて使いますので、「振れ幅の置き場とか」と「そして俳句の振れ幅」を
宜しくお願いいたします。

2008年6月14日  西川火尖



2008年06月14日 俳句の振れ幅 トラックバック:0 コメント:2

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