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中原寛也を読む

bâla       中原寛也

大根を見てゐる今日も揺れてゐる
朝顔や薄くなりゐる傷の色
愛犬の声を電話に就職す
水仙の一本早朝出勤す
なの花や遊びを知らぬ男の子
鈴懸の花や頭上の米軍機
てつだうぐさ仕事場の鍵きらきらす
DVD売り場にひとり賢治の忌
分娩室開いてゐたり寺山忌
コスモスや摑まり立ちの男の子



中原寛也は平凡な男だ。多分そう見られることを望んでいる。それは彼にとっての平凡がそのまま全てを意味するからに他ならない。

大根を見てゐる今日も揺れてゐる

畑になっている大根だろうか、その葉が今日も揺れているのだ。
この何の変哲もない風景を瑣末なことと捉えるのは簡単だが、そこには平凡の本質がはっきりと示されている。平凡の本質とは連続性である。昨日今日明日明後日へと物事が継続していこうとする力こそが平凡なのだ。大根を見ている彼は、明日の平凡を信じている。

朝顔や薄くなりゐる傷の色

この句は前句とは別の平凡の本質をついている。
平凡な我々の世界は広すぎるのであらゆる事象が別々の時間軸を持ちながら同居している。朝顔の昼には萎れてしまうことも、数週間ばかりで治る傷も、あと50億年かけて滅びる太陽系も、全てが平凡な世界で同時に進行しているのだ。広がるほどに離れていくので、作者は、朝顔と傷の時間の交点を押えたのだ。

愛犬の声を電話に就職す

実家への報告の電話だろう。イメージの喚起力の強い句である。犬を飼った事がなくても、就職したことがなくても、読者の鍵穴にピタリとはまるのではないだろうか。そのような共感を得やすい俳句は最大公約数的になりがちであるが、感情を一切述べることなく、手応えだけを与えることが出来ているので、ドミノ倒しの最初の一枚とも言うべき、オリジナル性に溢れている。

水仙の一本早朝出勤す

この句も前句と同じで、手応えのしっかり残る句であるが、「水仙の一本」に若い作者の強い姿勢がうかがえる。水仙の細いしなやかな葉、早朝出勤の身を切る寒さと相まって、作者の勁さの一端を知る思いがした。

なの花や遊びを知らぬ男の子

作者の俳句には「男の子」「女の子」が度々詠まれる。合っている合っていないを考えず詠んでいる節があるので、自分の俳句のために俳句をつくっている尖からすれば、疑問のある行為なのだが、この句の菜の花の持て余され方はすごい。男の子の孤独はこのままでは菜の花に埋め尽くされてしまう。陽光的な雰囲気の中にある寂しさ、平凡を生きる作者の自我を知る手掛かりになると思う。

鈴懸の花や頭上の米軍機

これはねぇ、いい取り合わせの句です。頭上という身体感覚からかなり低くを飛んでいるのではないでしょうか。米軍機、結構高いところを飛んでいても、かなりの轟音がするんですね。低ければ尚更。
よく薄氷のなんとやら、危険とは薄皮一枚などといいますが、平凡な世界では、・・・・・・・・・
・・・ ・・・

続きは炎環評論 論処で!!近日公開!!



論処(ろんどころ)とは、西川火尖と中原寛也による俳句関連サイトとそれに纏わる活動の総称である!これまでの活動内容は、最初にちょろっと句会と批評やっただけで、あとは休耕田のごとき沈黙っぷりなのだ!俺たちは!あきっぽい!しかし諦めない!







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2008年06月16日 俳句の振れ幅 トラックバック:0 コメント:0

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